2011年4月26日火曜日

【書評】逆パノプティコン社会の到来

逆パノプティコン社会の到来』はジョン・キムこと、慶応大学准教授、金正勲さん日本語での初めての単著になります。私がまだ学生の頃、当時、大学院生として後輩の指導に当たられていたときの、金さんの冷静で的確な指導が印象に残っています。


ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来 (ディスカヴァー携書)ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来 (ディスカヴァー携書)
ジョン・キム

ディスカヴァー・トゥエンティワン  2011-04-16
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この本は、ウィキリークスを考えるための入門書でありながら、数多く出版されているウィキリークス本の到達点とも言える一冊です。ウィキリークスを勉強したい人が最初に読んで、ある程度学んだ後に再び読み直す。そんな一冊のように思います。


本書からは情報通信を市民のエンパワーメントにつなげていきたいという著者の問題意識を強く感じることができました。

金氏の関心は、「…ウィキリークスに象徴される『情報の透明化』の流れが、政府や大企業がもつ既存の権威体系にとって脅威となっていくこと、そして、その結果、高まる政府や大企業から市民への『パワーシフト』の可能性についてだ」(pp.7-8)と書いているように、ウィキリークスやフェイスブック革命がもたらす「可能性」を概念的な観点から丁寧に説明しています。

タイトルの中に、ミッシェル・フーコーというフランスの学者が概念化した「パノプティコン」という言葉が入っているため、とっつきにくいと思われるかもしれませんが、構成も日本語もとても分かりやすいです。(個人的には「パノプティコン」についてもう少し踏み込んでもらいたかったですが、その辺は「紙幅の都合上」=「大人の事情」という面があるのかな?笑 今後に期待)

金氏は米国での研究交流を通じて、ウィキリークスについての見識を深められたようです。しかし、日本の一部マスメディアにはウィキリークスが国益や既存の秩序を脅かす「テロリスト」的な存在とみなす傾向が見られます。ウィキリークスが市民や国民の生命を脅かし、危険にさらしているというニュアンスで語られることも多いように思われます。特に、ウィキリークスの顔であるアサンジ氏の別件逮捕以降、ウィキリークスがもつ社会的意義よりも、スキャンダラスな取り上げられ方をすることも目立つようになりました。

だからこそ、ウィキリークスの内部や、それを取り巻く状況を概念的にまとめた本書の冷静な分析が求められていると考えていました。ウィキリークスについては記述的な解説本が多く、このような視点から書かれた本はとても示唆に富んでいます。学生、ビジネスマン、ノマドワーカーなど、幅広い層に適しています。


この本は世界全体の状況を説明したものですが、3・11の日本社会を考える上でも重要なヒントを与えてくれます。

福島第一原発事故以降の日本社会でも、ソーシャルメディアを通じた情報流通が「市民」の持つ力が増大し、社会の進むべき方向を活発に議論をする土壌ができはじめているように思います。

既存のマスメディアでは放送されない情報を専門家の立場からUstreamで解説する研究者、Facebookを通じてボランティアを募ったり節電を呼びかける運動、個人が発信した情報を圧倒的な伝播力で拡散していくTwitter、情報を集約し被災地の情報を発信するブロガーの活動などがそうです。

政府や東電が一方的に発信する情報ではなく、生活者の視点からcriticalに分析しながら、真実を追求していく基盤がインターネットによって確立しつつあることが認識されつつあります。

とは言うものの、金氏は決して既存メディアを否定しているわけではありません。むしろ、プロフェッショナルの記者が持つ分析的な視点が、今後の情報化社会にこそ求められるのだと説明している部分があります。

私もかつてフリージャーナリストの協会のスタッフとして活動していた時期がありましたが、彼らの問題意識の高さや、発信する能力は、ソーシャルメディアと連携してこそ十分に発揮されると感じていました。ソーシャルメディアと既存メディアが同じ視点に立つことで、相互にその強みを発揮する社会のありかたを模索していく時だという思いを強くしました。

最後に、このブログではノマドワークとの関連を少し考えてみたいと思います。
ノマドワーカーというと、イコール「どこでもワーカー」というように捉えられがちです。そこでは、モバイル機器を携えて、カフェや新幹線などで場所を選ばず仕事をする人たちといったイメージが強いのではないでしょうか。

確かにそういう面もありますが、ノマドワークの本質はもっと別のところにあるように思います。

それは、家族との時間の過ごし方、働く時間、仕事の内容など、自分自身の生き方を組織に頼らず自己決定していくこと。働く場所を自分で選ぶということは、あくまでその一つに過ぎません。組織に使われるのではなく、逆に組織を利用する… そういうしたたかさも求められます。

自分の生き方を自分で決めることは、全ての決断を自分で行うことを意味します。その時に、何を基準に、誰を信用して、どのような情報をもとに決断をするのか?そのための「軸」を自分の中に持っておくことが常に要求されるわけです。

ウィキリークスやフェイスブック革命に象徴される情報流通の変革は、個人が自己決定するための重要な基盤です。政府や大企業が保身に走って情報の不透明さが極まるような社会状況では、個人が自己決定するために必要な情報が不足します。それでは、自分が決定しているように見えて、実は組織の考えた枠組みの中で泳がされることになってしまう。その意味で、ノマドワークにとってのウィキリークス・フェイスブック問題は、本質的な課題だと考えています。


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<追記>
著者のジョン・キムさんよりコメントを頂きました。